CheshuntからSewardstonebury、そしてChingford 

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ロンドンの北東の郊外を25000歩18km歩く

年末に、娘と相方と三人で、長い距離を歩きました。

歩きたい娘に本気で付き合う覚悟で挑みました。

ロックダウン中に近所のママ・パパ友に勧められて年に一回は行くようになったCheshunt。(Londonから少しだけ東北で、Liverpool Streetへ通勤範囲)

歩くのが好きな娘は、ここへ行きたいといつも言います。

(位置的には・・・・私たちが暮らすHackneyから続く、Lee  Valleyの北の方。カナルに沿って自転車で走ればそのままCheshuntなんです。)

Cheshunt を歩き回ってから、その後、Chingford まで行こうと言うことになり(発案者は私)、Google Mapに導かれて歩きました。

川沿いの道から、だだっ広い公園、そして森へ。

途中で通ったのが Gunpowder Park という名前の公園でした。

その時は、名前を見て「ちょっと刺激的だな」と思いましたが、後で調べようと思って、そのまま歩き続けました。

今この文章を書いている最中に名前の由来を調べてみると・・・Gunpowder Park はその一帯は、17世紀後半から20世紀にかけて、 Royal Gunpowder Mills を中心に、火薬や爆薬の製造・試験・保管が行われていた場所だったみたいです。

やっぱりそのままの名前!


まあ、名前とは似てもにつかす、普通に広くて、空が大きく、ただ歩くことに集中できる、気持ちの良い場所だった。

目ざすChingfordは山の上の方にあるので、娘のお楽しみの丘を登り続ける丘に差し掛かりました。

途中まで登ったら、なんと土葬のセメトリーが・・・・

結構日も暮れかけていたので、かなりの迫力でした。

(写真をお見せしたかったけど、もちろん無しです。当たり前か・・・)

丘にある墓群は、装飾満載でとてもカラフルでした。

穴を掘りかけているところもあって、なんだかリアルで震えました。

フリーレンの第一話を思い出して、ちょっと落ち着こうと思ったけど、その後道なき森を歩いたので、もっと怖くなりました。一人でなくてよかった。

まあ、観光地ではない場所で、こうした風景に自然に出会うのも、歩くからこその(ちょっとトラウマ)体験なんでしょうね。

山の上に上がると、Lee Valleyの風景を見下ろせて、幻想的でした。

日本の山とはかなり違うけれど、娘には丘を歩く上がる喜びがあったようです。

Chingfordに着いたとき、達成感はありました。

電車に乗ると、どんどん下界に降って行くような感じで、、途中でこの電車、きちんと駅に泊まれるのかなと思った。

家の最寄り駅まで降ってきた感覚のほうが強かったです。

その帰り道、ふと Sewardstonebury のことを思い出した。

今回歩いたとき、一目で「好きだな」と感じた場所。

Sewardstoneburyは、Hampstead Heath のような洗練でも、East Dulwich のような都市的な心地よさでもない。

お店はほとんどなく、見せるための景色もない。

ただ、森と家が静かに並び、暮らしが外ににじみ出てこない。

Gateのある豪邸ばかりで、ここはどこ?って思いました。

あの日の長い散歩の延長線上に、突然現れる豪邸群・・・違和感があったけど、かなり昔から存在するビレッジのようです。

Chingfordは、Liverpool  Streetまで電車で30分くらい。とても便利そうで、かなり開けています。駅があり、学校があり、レストラン、スーパーもある。

一方でSewardstoneburyは、便利さゼロ。

店もないそうです。

Epping Forestのすぐ横、都会に通う仕事についている人はいなさそうですね。

Sewardstonebury、住んでみたい。スタジオを離れに作りたいです。w

ロンドン郊外には魅力的なエリアがたくさんあるんでしょうね〜

実際に歩いて特別な場所をもっと発見していきたいです。

Apple Watchには 25,000歩、約18km と表示されていたけれど、まあ、「結構普通に歩けるんだ」という感覚でした。

いっぱい歩きたい娘に付き合えるように体力つけます。

最後に、ちょこっと余談

最近、ちょっとしたゲームをしています。

モヤっとした気分を引きずらないために、

「気づいたらやめる」を自分のルールにしている。

この前、うちの相方とスタジオの近所を歩いていたときのこと。

向かいから若者4人が横一列で歩いてきて、

相方が「ありえない、邪魔だ」「よけないのは常識的におかしい」と言った。

その後、今度は女性が私たち二人の間をすり抜けて通っていき、

また相方は「なってない」と文句を言った。

横で聞きながら、私はかなりモヤモヤ。

「なんでこんなに他人をジャッジするんだろう?

聞きたくないのにな〜」

でも同時に、

「相方が怒るのも文句を言うのも、完全に相方の自由。

私がそれを上乗せでジャッジするのも、なんか違うな」

とも思った。

一言で言えば私は

「誰かをジャッジするな!」

って言いたかったんだね〜と、

自分の感情に同調するようにしている。

ふと

「こういうことが私の周りで起きるなら、

私も誰かに同じことをしているのかも」

と思った。

量子物理学とか、仏教の教えとか、

そんなことをベースに、少し客観視してみる。

考えてみたら、

もしかして私はこれを娘にしているのかも。

相方の愚痴を聞かせていたかもしれない。

何かの文句を言っていたかもしれない。

娘のセリフは、きっと

「やめてほしい」

なので、

心の中でモヤモヤを認めて、

それをしていた娘に心の中で謝って、

もうやらないと決めた。

世界は、きっと自分が作っている。

そう決めて、ゲーム感覚でやってみたら、

意外とシンプルかもしれない。

イライラして急いで自転車に乗ると、

決まって急いで走るデリバリーの車とすれ違う。

誰かの名前を間違えて呼んだあと、

今度は私が名前を間違えられる。

かなりこれが真理なのかな、と思う

2026年の始まりです。

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