死産、不妊、そして妊娠~その1~

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どーも、久々登場たまさぶろうです。

ここ最近、たまさぶろうの周りは妊娠&出産ラッシュ!先日も新生児の良い匂いをクンクン嗅がせてもらって、温かくて懐かしい気持ちになりました❤️

 

さて今回は、十数年間前の記憶を辿りながら、たまさぶろうの妊娠にまつわること、経験したこと、思いつくがままに書こうと思います。記憶が曖昧な事も多々あるので、あくまでもたまさぶろうの場合として読んでくださいね。


死産後

以前、第一子を妊娠38週目で胎盤剥離にて死産という形で亡くした記事を書きました。

実はたまさぶろう、息子を亡くす2年ほど前に、実父を病気で亡くしています。当時父はまだ55歳の若さで、これからもっとたくさん話もしたかったし、いつかは彼氏や孫も見せたいな!なんて思い始めた頃の出来事でした。父を亡くした事は自分でも驚くほどの凄い喪失感の毎日で、世界はまるで色を失ったかのように、色あせてしまっていました。そんな中、旦那と出会い、新しい世界の扉を開いてもらったような、失った色を取り戻せたような(たまには、旦那のこと褒めておこう)そんな出会いでした。

父が亡くなった時、本当に辛かったけれど、親は子供よりも先に死んでいくもの、そう理解し納得できていました。だからこそ、息子の死は、余計に受け入れ難い事実でした。

 

息子の死産後しばらくは、本当に引きこもりでした。家からほぼ出られず、人と関わるのを避けました。私の妊娠を知る人に会って、「お子さんは?」と聞かれるのが何より怖かった。

食欲もなく何を食べても美味しくなく、味も感じなくなりました。台所に立って料理をする事さえ出来なかった。料理の仕方が分からなくなったんです。夕方になると、仕事上がりの母に泣きながら「ごめん、ご飯作れなかった」と電話する毎日。母は決まっていつも、「気にしなや。何食べたい?」と私の好物ばかりを買ってきては料理してくれました。

 

好きだった仕事も死産後2ヶ月ほどして1度復帰はしましたが、立て続けての同僚の妊娠もあって辛くなって辞めました。日々、大きくなっていく同僚のお腹と、妊娠生活の話を聞くのが辛かった。彼女達が悪いわけではないのに、怒りのような妬みのような感情が湧いてきて、そんな感情を持っている自分が嫌いで仕方なかった。

 

退職後は、ただ単調に心と身体の回復を目指して生活していました。今思うと、生ける屍(しかばね)の様な状態。自分の身体であってそうでなく、生きている意味を見出せない毎日。息子を失った喪失感を埋めるものはなく、なぜ亡くなったかを考え、理由を探し、救えなかった自分を責める繰り返し。原因不明って本当に辛いです。原因や理由があれば、それらのせいに出来て、怒りや悲しみの矛先を向ける事ができるから

母は私に泣きながら「ごめんね」と何度も言いました。自分はその場にいながら、何も出来なかった、救えなかったと。そこで私は怒る訳です。「全ては私の身体に起こったこと。分かったような事、言わないで!」

きっと母も母なりに罪悪感を感じ、私に謝る事で救えなかったことの原因になろうと、私の怒りや悲しみの矛先になってくれようとしたのかも知れません。


生き直す

でもね、そんな生活をしていて、息子が喜ぶ訳がないと思ってたんです。立ち上がらないといけないって。だって私、お母さんなんだもの。せっかく救ってもらった命を、もう一度生き直さないといけないって。

そこでふと、妊娠中に趣味を増やそうと買ってあった、ビーズアクセサリーの入門セットの存在を思い出しました。

作ってみよう!そう思い立ってからは毎日毎日、朝から晩まで、ご飯を食べる事も時間が経つのも忘れて、ひたすらテキストを見ながら作りました。添削作品の評価をもらったり、仕事から帰宅した母と旦那に、その日の作品を見せて褒めてもらう。今思えば、精神的に不安定だったし、壊れていましたね。

でも、色んな事考えずにただ何かに没頭し、ひたすら作品を作り上げていく、それらは私にはピッタリのセラピーでした。褒めてもらって評価してもらう事で、自分が認められていく感覚。息子の死と共に失った自信を少しずつ取り戻す大切な過程。

上達してくると、もっと作りたい!という「意欲」が生まれ、「食欲」や「物欲」という色んな「欲」に繋がっていきました。


死産を経験して思うことは、当時の日本では死産後の心のケアは不十分だったということです。カウンセリング受けませんか?なんて言葉は誰からも聞かれなかったし、正直、本当の自分の気持ちは、しばらく内に秘めていました。私はたまたま大丈夫だった(じゃなかったか?)けど、家族の理解と私の感情を受け止めてくれる人達がいなければ、どうなっていたかは分かりません。追い詰められてしまうお母さんもいるかもしれませんよね。

 

ところで・・・ご存知ですか?死産で亡くなった子は、戸籍には載せることが出来ないこと。たとえ臨月であったとしてもです。母胎から出て、1秒でも生きていれば、「うまれた」ということです。息子は10ヶ月近くを私達と共に過ごして、確かな存在を感じながらそこに居たのに、戸籍には載せられないと知った時本当に悲しかった。息子が生きていた証がない・・・当時は、本当にその事で傷ついていました。何も事情を知らない人に、「子供さんはいるの?」と聞かれ、「いません」としか答えられなかった事。長男なのに長男ではないし、死産の事を伝えて、「かわいそう」と思われるのも何か違う。若いんだから、次頑張ったらいいのよ、なんてもってのほかです・・・

今なら、息子や私達を知る人たちの記憶や思い出の中で生きていると思えるけど、当時は本当に受け入れ難いことでした。そんな彼も、今では立派なティーンネイジャーです。命日の度にいつも、どんな姿やろなー彼女出来てるんかなーなんて想像してみんなで話をします。

 

その2に続く・・・

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About the Author: たまさぶろう

南東ロンドン在住、高知県出身。編み物が好きで、毛糸を見るとすぐに買うので、見ないようにしている。ストレス解消方法は掃除。 ONE OK ROCKをこよなく愛する2児の母。

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