

緊急で実家に帰れますか?
ご無沙汰しております。2ヶ月ぶりにペンを執っております。
夏休みは日本へ帰省していました。
日本に帰省しイギリスへ戻ってくると毎回超絶なホームシックに陥ります。
時差ボケと共にイギリスの全てが嫌だと感じ脳みそが英語を拒否する。そんな状態が1ヶ月は続く…
ようやく日本での思い出を想い出さない日常が戻ってきた今日この頃です。
今年の帰省は全くの計画外でした
我が家の日本帰省のサイクルはオリンピックやワールドカップ同様4年に1度ペース。
子供達にも来年か再来年には日本に行けたらいいねーなんて話していた頃、電話の向こうでふと母が言ったのです。
「お父さんもなー正月明けに倒れたやろ?大病して三途の川渡りかけたせいかすっかり弱ってしもて…。静かになってちょうどええんやけどなぁ笑」
え?
何それ??
大病?三途の川?どういう事??
全く聞いてない…
※この先、少し重い話になります。家族や親の病気の話です。読むことで苦しい思いをする方もいらっしゃると思います。どうぞここでそっと読み飛ばして下さいね。
「えっ、あれ?言うてなかったけ?」
今年の元旦の事。
母が元日の色々を終えゆっくりしようとリビングへ行くと父が泡を吹いて倒れていた。
「お父さん!お父さん!」
何回も叫ぶが反応無し。息をしてるかどうかも確認したけどパニックで分からなかったとのこと。
元旦から救急車で搬送される父、78歳。
お医者さんから告げられた事は何らかのウィルスに感染し臓器機能に障害が起こり臓器不全となっている。
「敗血症」
真っ先に弟に連絡。弟は夫婦揃って医療従事者です。母と弟がお医者さんからの説明を受けます。
「今、昏睡状態。抗菌剤の投与で様子を見るが命に関わる事態に陥った際は緊急手術となる。ここ2~3日が山です。」
この時の母がどんなに不安でパニックだったか…考えると泣けてきます。
その後、父は昏睡状態で眠り続け目覚めたのは11日後のことでした。
異国にいる子に心配かけまいと黙っていた母
「今はね~元気にやってるよ。昔みたいに元通りではないけど身の回りの事はなんとか1人で出来るまで回復した。お父さん呼んでくるわー」と母の声。
「もうなぁーあかんか思たけどなんとかまだ生きとるわ。復活や。リボーンや!」
「明日は久しぶりにジムに行ってみようかと思ってる。年会費払とるから取り戻さんとなぁ」と笑いに持っていく父。
一連の出来事が一気に頭に流れ込み情報量が多すぎて処理できない…
で、両親に向かって怒鳴ってしまいました。
「私、何も聞いてない!なんで言うてくれへんかったん?弟も妹も誰も!」
「えっ?言うてなかったんかい?!」と画面の向こうで揉めだす父と母。
今思えばその頃は電話しても出ない事が多かった。だいぶ後から「ごめん〜」とメッセージが返ってきたり、時にはしばらく音信不通だった事もありました。
弟妹に連絡しても
「おかんは色々立て込んでて忙しいけど元気にしてるから大丈夫」
と言われたから逆に気を遣って連絡しなかったり…色々な後悔が頭をよぎります。
「倒れた時はもうパニックで真っ先に連絡したんが弟のやった。それから伝えようか悩んだけどあんたの性格からして連絡したら全部を放ってイギリスから飛んでくると思ったから毎日悩んでん…そうこうしてるうちにお父さん目覚めて、退院した後は要介護状態が続いたから余裕なくて今日まで伝える事をすっかり忘れてた!!」
何とも母らしい答えでした。
飛んで行きたいのに飛んで行けない実家
電話を切るや否や言葉では言い表せない不安と恐怖が襲ってきました。
「今すぐに日本に帰ろうと思う。お父さんが大変な事になっている」
取り急ぎ旦那に報告しました。
病気の捉え方が国によって違うのか?はたまた私の英語での説明が上手くなかったのか?
敗血症=Sepsis と聞いた途端、旦那の顔色が変わったのを今でも覚えています。
「もう最後かもしれないからみんなで会いに行こう…」
時は奇しくも2月末に始まったアメリカとイランの戦争が両国以外の湾岸諸国へも飛び火し,
空域閉鎖、石油高騰などで航空業界にも大きく影響していた頃。
イースター休暇に突入して2日目の事でした。
一家5人がイースター休暇に最近日で飛行時間最短で帰れる便で日本へ帰省する。
未だかつて見たことの無い金額が目の前に現れます。
しかも日本円で表示されたものだからゼロの数を指で追う…
こんな事態なのに自分の実家に帰れない…
色んなプランを思案してるうちに日が過ぎていきます。
家中のお金をかき集め、子供達が貯金箱に一生懸命貯めているお金にまで手をつけなければいけないか?
親として情けない瞬間でした。
1人で帰省するにしても自分の仕事を調整し、旦那の仕事の時間を子供達の学校の送り迎えに合わせ、その予定に合わせて航空券を手配し、航空券代も調整しなければならない…
この頃、頭は爆発寸前でした。冷静に考えると肝心の父は「明日はジムに行こうか」と言っているぐらいの状態。
母に再び連絡しました。
「お父さんの顔見にみんなで帰ろうかって話してるねん。」
とりあえずこれだけ言ってみる。
と、
「気持ちはありがたいしお父さんも喜ぶわー。けど、家の中がひっくり返っていてとてもじゃ無いけどみんなを迎え入れる状態じゃない。
寝床さえ作れない。体力的にも精神的にも大掃除するパワーがもう残ってないんよ。ごめんね、今はお母さんゆっくり休みたいねん」
異国にいるってこういう事なんです
「分かったよ。じゃーちょっと考えてみるね」
電話を切った後、不謹慎ながらも安堵の気持ちで体中がいっぱいになったのを覚えています。
同時に
もし日本にいたら…お正月には実家を訪れていただろう。
もし日本にいたら…入院中も母と交代で父の看病を出来ただろう。
もし日本にいたら…母を少しでも休ませてあげられたのではないか?
もし日本にいたら…家の掃除も一緒に出来ただろうに。
もし日本にいたら…緊急時も次の日には実家に帰れるだろう。
と…
異国にいる、住むってこう言う事なんですよね。
歳を重ねるにつれて色々考えます。
時同じくしてまさか自分の健康を脅かす事態が発覚し、結局は日本へ帰省する事になったのですが…
それはまた次回のお話で。
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