「何になりたいの?」と、聞けなかった夜

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学校が終わる時間になると、校門の通りは急ににぎやかになります。ブレザーのボタンを外して、リュックを片方の肩にひっかけた子どもたちが、コーナーショップの前でだらだらと立ち話をしている。手にはクリスプスの袋。誰かが誰かを小突いて、笑い声が上がる。うちの子どもたちも、その中に混ざっています。

イギリスで生まれ、イギリスの学校に通い、家に帰ってきて日本語で「ただいま」と言う。彼らにとっては、それがふつうの毎日です。言葉にも文化にも、たぶん私ほどの引っかかりは持っていません。私のほうが、いまだにこの国のどこかで、ほんの少しよそ者の顔をしている気がします。

この国の子どもたちは、大きくなるとGCSEやAレベルという試験を受けます。その結果で選べる学校が変わり、進める道が少しずつ絞られていきます。八月の結果発表の日、学校の庭には封筒を握ったままの子たちが集まっていて、抱き合って喜んでいる子もいれば、少し離れたベンチでうつむいている子もいました。あの光景を見るたびに、胸のあたりがざわざわします。

先日の保護者面談でも、先生は成績表を指でたどりながら、「この調子ならこの科目を続けるといい」と話してくれました。ありがたい話です。けれど帰り道、私はなんとなく落ち着かない気持ちで車を運転していました。

先生が見ているのは、いま在る道です。 子どもたちが働くのは、まだ形の見えていない社会です。

子どもの友だちに「将来何になりたいの」と聞くと、返ってくる答えはさまざまです。中には「まだ決めてない、決めなきゃだめ?」と真顔で聞き返してくる子もいて、私は内心、それがいちばん正直な答えかもしれないな、と思っています。


最近では周りに「息子さんは将来何になるんですか」とよく聞かれて、私は答えに詰まりました。

昔なら、笑いながら何か言えた気がします。医者とか、弁護士とか、公務員とか。「安定」という言葉に、まだ手ざわりがあった頃です。でも今は、その言葉が何を指しているのか、自分でもよく分からなくなってきました。

そもそも私自身、十代の頃に想像していた場所には立っていません。ロンドンでサラリーマンをしていた時期があり、まさか二十数年後に、独立して起業しているとは思ってもいませんでした。人生というのは、思っていたほど直線ではない。それだけは、身をもって知っています。


ここ数年、会社の書類仕事を、私はかなりの部分を自分でやるようになりました。以前なら専門家に電話していたようなことも、まず自分で調べてみる。数年前には考えられなかったことです。家を探すときも、不動産屋のドアを押す前に、まず画面の中で間取りも近隣の相場も見てしまう。

便利になった、と喜ぶ気持ちの隣に、あの人たちの仕事はこれからどうなるんだろう、という気持ちが静かに座っています。翻訳も、事務も、経理も、少しずつ形が変わってきている。病院では画像診断や手術の分野で、機械の力がどんどん大きくなっていると聞きます。

先日、うちのボイラーを直しに来てくれたエンジニアの方とも、そんな話になりました。狭い戸棚の奥に半分もぐり込んで、「この配管の曲がり方は家ごとに違うからね」と笑っていました。大学に行かず徒弟制度(アプレンティスシップ)で手に職をつける子が増えている、という話も、最近よく耳にします。

それでも、「この仕事なら絶対に安全」と言い切れるものは、もうどこにもないのかもしれません。


——などと考えていると、だんだん気持ちが疲れてきます。

未来のことばかり見ていると、目の前の子どもが見えなくなる。これは、自分への戒めでもあります。

それでもひとつ、なんとなく思っていることがあります。

これから先も残りやすいのは、人と直接向き合う仕事ではないか、ということです。

角のショップの店主も、パブのカウンターの向こうにいる人も、学校の先生も、たぶん同じです。やっているのは商売や仕事ですが、実際に交わしているのは、もう少し別のものだという気がします。

AIはよく知っていますし、答えを出すのも速い。私も毎日助けられています。けれど、目の前の人が本当は何に困っているのかを、その人の表情や、言いよどんだ一拍の間から感じ取ること。相手の隣に立って、一緒に困ってみせること。それはまだ、人間の仕事だと思います。


これからは、ひとつの仕事を一生続ける時代ではなくなるのでしょう。学び直して、作り替えて、また学び直す。そのくり返しの中で、自分の居場所を自分で耕していく。そういう時代なのだと思います。

必要なのは、たぶん職業の名前ではありません。新しいことを面白がる力。変化を怖がりすぎない力。自分の頭で考える力。そして、誰かの役に立ちたいと思う気持ち。

だとすれば、子どもに聞くべきことも、少し変わるのかもしれません。

「何になりたいの?」ではなく、「どんな人になりたいの?」

正直に言えば、私自身に答えはありません。この文章を書きながらも、結論は出ていません。

ただ、試験の点数や職業の名前ではなく、どんな変化の中でも自分らしく立っていられる力を、この子たちには持っていてほしいと思っています。転んでも、また立ち上がって歩き出せること。知らない場所に放り込まれても、そこで誰かと目を合わせて話せること。結局、私が願っているのはそれくらいのことなのかもしれません。

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About the Author: ジゴロッキー

2001年よりロンドンで活動。夢は悟ること。国籍日本。解決方法:時間。

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