

私の知らない日本
引き続き、日本旅行ブームが続いていますね。
私が、「日本から来ました日本人です」と言ったときの人々のリアクション、イギリスに来たばかりの頃と最近では変わった気がします。
以前は、私が日本人だとわかると嬉々として日本について語ってくれるのは、何かしらの“オタク”である人たちでした。アニメが好き、ゲームが好き、日本車が好き、侍や刀が好き。日本に惹かれている理由がかなりはっきりしている人たちです。
彼らは、こちらが知らない、ディープ日本の情報を知っていて、私がついていけなくて、がっかりさせたこともあったものです。
ここ最近は少し様子が違います。
日本人だとわかると、オタクに限らず、幅広い人から、日本に行ってみたいとか、友人が行ってきたばかりだとか、これから行く予定がある!といった反応が、よく返ってくるんです。
幅広い人、というのは、このとき話している相手は必ずしも日本文化のオタクではないという意味でして。
アニメを見ているわけでも、日本車に詳しいわけでもない、ごく普通の人たちです。
日本のコンビニや小洒落た飲食店、ゲームセンターなんかを観光した様子など、外国人からすると異国情緒溢れ、アニメやゲームを愛する人以外の人たちにとっても魅力的な観光動画がインターネット上に増えました。
日本が“特定の人の憧れの国”から、“普通の旅行先の選択肢のひとつ”になった、そんな気がします。
日本のことを好きになってくれてありがとう、「でも」
さて、私はバリスタとして働いています。私の職場では、メニューに抹茶がありまして、注文を受けるとテーブルまで行ってお抹茶を点てるというサービスをおこなっているのですが、まあ注文の多いこと。
我々日本人からすると、抹茶なんて、レストランでお食事や甘い物をいただきながら飲みたいもんでもない、と思うんですけど、日本で抹茶体験をしたことがあるよ!という方から、流行っている抹茶を飲んでみたいという方まで、とにかく結構出ます。
ちなみに、昨今の抹茶ラテや抹茶チョコレートブームから抹茶ファンになってくださった方の多くが、点てたお茶の苦さにがっかりして残します。すぐに次の飲みものをオーダーしたり。
こういったことが続くことを受けて、お茶を点てたあと、「苦いなと思ったら、好みの濃さに薄めてみてね」と熱湯も一緒に提供することになったのですが、日本人の私としてはなんか魂を売っているような気はなっていますね。
日本に興味を持ってくれる人が増えるのは嬉しい一方で、時々複雑な気持ち、または、わがまま?な気持ちにもなります。
日本のものをエキゾチックで素敵と愛でてくれるのを、嬉しいと思うときと、なんだか、チープに商業化されて、日本人としてのなにかが傷ついたような気持ちになったり。
例えば、ブッダの線香立てとか、庭用の光るランプとか、たまに売っていますね。敬虔な仏教徒というわけでもありませんが、やっぱりちょっとブッダの頭に線香ぶっさしたり、頭を光らせたりするのにちょっと心理的な抵抗があるんですよ。
ありませんか?
キリスト教徒でもないのに、十字架を首から下げて、しかも十字架の真ん中にラインストーンとかついちゃってるのみたら、こういう気持ちになるのかな。と想像したり。
他にも、職場では白いご飯の注文をうけると、スプーンをぶっさして提供したり、味噌汁にスプーンを付けて提供したり、こういった光景に毎日こころがざわついています。
どうせなら、もう少し踏み込んで文化を理解してもらえんもんだろうか、というのがわがままな気持ちになると言ってみたところにあります。
こんなふうな気持ちになるのって、ちょっと心狭いでしょうか?
私の知らない日本
また逆に、コンビニでなにが売ってて感動しただとか、鹿が餌をもらいにお辞儀するだとか、私の知らない日本の良さを、日本に行ったことがあるお客様を介して知ることも。
私は日本を離れて7年くらいになりました。その間、日本も少しずつ変わっているんですよね。7年、日本の社会で暮らしていないので、無責任に日本はこうだ!とも言えないことも増えたなと思います。日本はいまだにFAXを使っている、履歴書にFAX番号を書く欄がある、というのは閑話休題的に、昔はよく言いふらしていたんですけど、最近は流石にそんなことないのでしょうか。
これから日本に留学にいくという、コンビニでの買い物を楽しみにしていた友人に、Suicaをプレゼントしたことがあったんですけど、今はモバイルSuicaを使う人のほうが圧倒的に多いんですってね。
海外にいると、日本について聞かれる機会は意外と多いです。
でも、そのたびに少しだけ思います。
私は、今の日本をどれくらい知っているのでしょうか。
日本の外にいると、日本のことを説明する役割を自然と引き受けることになります。でも同時に、自分自身も、日本という国を外側から見ている一人になっている気がします。
日本のことをよく知っているつもりで、少しずつわからなくなっている。日本のことを知らない人に寛容なつもりで、こっそり不寛容な気持ちと戦っていたり。
日本のことを説明しているつもりが、実は自分の中の「日本」は「東京」のことばっかりでしかも古い情報。
日本がどんどん世界に開かれていくのを、嬉しく思う気持ちもあります。
でも同時に、自分の中の日本が少しずつ遠くなっていくような、不思議な感覚です。
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